共創は「学び」のプロセスである――ゆめみがコーポレートフォントをつくった理由(後編)
前編では、ゆめみがコーポレートフォントを開発した背景や、コーポレートフォントがあることの意味について、ブランディングチームのお二人の話を伺いました。
後編となる本記事では、フォント制作を手掛けたデザインスタジオSTUDYのお二人にお話を伺い、彼らがこのプロジェクトにどのように関わったか、直面した課題やゆめみとの協働の中で得られた学びや成果について、深く掘り下げていきます。
etoさん
グラフィックデザイナー。2010年多摩美術大学大学院博士後期課程修了。博士(芸術)。佐藤晃一デザイン室、廣村デザイン事務所を経て2016年 STUDY LLC.設立。グラフィックデザイン固有の思考や表現を多様な領域へ展開することを試みている。ラハティ国際ポスタートリエンナーレグランプリ、世界ポスタートリエンナーレトヤマ銅賞、A' Design Award & Competition 部門最高賞、日本サインデザイン賞 金賞・銀賞・銅賞、日本タイポグラフィ年鑑 ベストワーク、D&AD AWARDS Shortlistなど受賞。東京工芸大学准教授。Instagram: @studyllc._note
ayumiさん
グラフィックデザイナー。 多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、株式会社サンリオを経て、2019年STUDY LLC.に参画。Instagram: @aym.std
STUDY LLC.
なぜコーポレートフォントを制作したのか?
ーーSTUDYさんが普段どんなことやられているのか、改めてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。
eto:
STUDYは、ブランドや企業、施設や地域のビジュアルアイデンティティ(VI)の構築に携わっています。具体的にデザインしているのは、ロゴや書体、ブランドツール、広報物、ウェブサイト、サイン計画など多岐にわたります。特に得意としているのは、ロゴからサイン計画に至るような、平面から空間までを一貫してデザインし、そこに強く魅力的なアイデンティティを立ち上げることです。
ーー今回のプロジェクトのお話が来た背景について、改めてご説明いただけますか。
eto:
最初はフォントの話ではなく、リブランディングを行うタイミングでお声がけいただき、ロゴのデザインをしました。その後、そのロゴをベースにフォントをつくりましょうと話が広がって、β版であるYUMEMI Gothicを2021年ぐらいからつくりはじめたんです。ただ、β版はBoldだけだったのですが、それをゆめみの社内の方で使っていただいたところ、Boldよりも細いウェイトや、記号も増やしたいというオーダーがあり、今回ファミリーとして仕上げたという経緯です。
ーーフォント開発についても、自然と「一緒にやりましょう」という話になったのでしょうか。
eto:
そうですね。最初にロゴをつくる際も、 ダイナミックアイデンティティ(DI)というキーワードが出ていまして、変化をはらんだビジュアルアイデンティティを目指していたところもありました。ならば動きや色に限らず、タイプフェイスも展開していくことで、いろいろなシチュエーションで使えますし、それもある種、ダイナミックアイデンティティのひとつと言えるのかなと。
タイプフェイスを通してアイデンティティを立ち上げる
ーー確かに、ダイナミックアイデンティティの考えからいえば、そういう展開になるというのはとても自然な流れです。STUDYさんとしては、このプロジェクトまでフォント開発のご経験はあったのでしょうか。
eto:
以前の仕事でも、 オリジナルのフォントをつくるというのは、あるにはありました。ただそれは1文字とか1単語とか、限定された文字数用の特殊なフォントであって、複数の単語を組み合わせたり、ある程度の文章を組んでもしっかり読めるような汎用性の高いものではなかったんですよ。 だから一般的なタイプフェイス開発というのは、初めてと言っていいんじゃないかなと思っています。
ーー元々フォント開発を手がけてみたいという想いはあったのでしょうか。
eto:
そうですね。そういうタイミングがあれば、やってみたいというモチベーションはもちろんありました。ですが、タイプフェイスの設計は奥が深く、グラフィックデザイナーにとって非常にハードルの高い領域です。
ただ、今回のようにリブランディングのなかで、ロゴだけにとどまらず、フォントも担えたことはよかったなと思います。ロゴだけでその企業のアイデンティティを立ち上げるのは難しいものです。ですからVIの設計には、ロゴ以外の幅広く使用できるエレメントが必要な場合があります。
タイプフェイスは、アイデンティティを立ち上げるための非常に有効なツールだと思ってるので、その部分を含めて手掛けることができてよかったです。
フォント開発は「道具をつくる」イメージに近い
eto:
一方で大変だったのは、「YUMEMI」に含まれる5文字のアルファベット(Y,U,M,E,I)を先につくってしまったので、そこはある種変えられないという制約があったことです。最初からフォントをすべて設計するという方針であれば、全体を見て計画を立てられたのですが。5文字をほぼ動かさずに、その他の文字をつくり、それを自然に見せるというのが、ひとつのハードルだったかなと思います。
ayumi:
通常ならば、大文字のOやH、小文字のnからつくりはじめるというセオリーがあるんですよ。
eto:
Hは垂直と水平の線から成り立っていますので、これが基準となります。Oはカーブの基準ですね。このあたりの文字から全ての文字へ展開するのが一般的な方法のようです。しかし、「YUMEMI」の中にはHもOもありません。そこが厄介でした。ロゴの制作時には、フォントまで展開することを考えていなかったので、フォント制作の基本プロセスを考慮していなかったんです。
ーーロゴのリニューアルと比較して、フォント開発はどういうところにユニークさがあると思われますか。
ayumi:
フォント開発は、道具をつくっているイメージに近いです。これは個人的な感覚ですが、ロゴはお守りや宝物のように、眺めてうっとりしたり大切に持っているものという印象があります。
一方で、フォントはやはり使われることでその魅力が発揮される一面があります。なので、つくるときは、見た目のかっこよさも重要ですし、使えるかどうかも大切なんですね。せっかくフォントをつくるのだから、楽しく気持ちよく使ってほしいと思いながらやっていました。
eto:
ロゴだと、ある文字の隣に来る文字は決まっています。ゆめみの場合なら、Yの右隣はUしかありえません。ですがフォントの場合は、隣に来る文字は極めて多くの可能性があります。ロゴを制作する際は、文字の形自体を精度高くつくることに重きをおいていました。ですがフォント化するにあたっては、文字そのものよりも、文字間の設定をどうするかが非常に難しかったですね。
「読みやすく、でもユニークに」という課題を解決する
ーーどんな文字が隣に来ても、可読性を担保するっていう意味だと、やはり文字間が1番重要なのでしょうか。
eto:
そうですね。文字間はもちろん重要です。ただ今回同じぐらい重要になったのが、私たちが「羽根」と呼んでいるエレメントです。というのも、すべての文字にこの羽根があるからなのですが、そのつき方がβ版だとまちまちでした。ここをどうデザインするかで、与える印象や読みやすさが大きく変わってしまいます。
その一方で、単なる読みやすさだけを優先すると、すでにあるオーソドックスなフォントでよくなってしまう。あくまでVIとしての特徴を出しながらも、しっかり機能させるためには、それぞれの文字の形をどうするかにも気を配る必要がありました。
ayumi:
ゆめみさんから「文章で使うことは想定していない」とはお聞きしていましたが、 ある程度長い単語とか、2、3の単語の組み合わせは十分あり得ました。なので、1文字1文字の形ももちろん重要ですが、先程申し上げたような文字の間や文字の内側のスペースなど、文字ではない部分にも気を使う必要がありましたね。
eto:
これまで私自身がつくってきた特殊なフォントと違って、汎用性のあるフォントをつくる時にはそこが重要になるので、そういう意味でもすごく大変でした。
ayumi:
β版と比べると、そのあたりはかなり改善されているのではないでしょうか。
仮説を立てて検証し、修正していく
ーーフォント開発中、ゆめみから「こういう風にしてほしい」というようなやり取りががあったと想像しています。ゆめみからのフィードバックで、ここが特に苦労したというのはどういったところでしょうか。
eto:
今回のコーポレートフォントの制作は、「細いウェイトもあったらいいんじゃないか」という話から始まりました。最初から全体計画があったわけじゃなくて、すでにあるものから、徐々に広げていったので、そこも難しさのひとつだったなと思います。
ayumi:
はじめは、すでに制作していた「GROW with YUMEMI」のwithが細かったので、その太さに合わせて制作を進めるのがスムーズだろうと思って手をつけはじめました。ですが、「このままだとあまりにもエレガンスすぎる」というように、意図していない印象を生み出してしまうこと気がついて。そこから、「何のために使うんだろう」とか「どうしたらBoldの印象を保ったまま細いウェイトにできるのか」とか、いろいろと試行錯誤した覚えがあります。
ーー最終的に、「こういう風にすれば解決するのではないか」というアイデアはどうやって生まれたのでしょうか。
eto:
初期段階ではエレガンスな印象が、ちょっと強く出すぎていたんです。細くする以上、そういった要素が少し出るのはしょうがないにしても、 改めてBoldと比較した時に、文字がちょっと縦長になりすぎていたとか、文字の間が狭かったりとか、 いくつかの要因がありました。
しかも「細くすると羽根の面積も小さくなってしまう」という理由で、最初は羽根をBoldよりも長くしていました。ですが羽根を延長したことで、さらにエレガンスさを演出してしまっていて。自分で仮説を立ててやったことが、意図とは逆の印象を生み出していたので、そういったところは補正していきました。
また、中盤から後半にかけて1つの論点になったのが、羽根のつき方のルールでした。β版の時は、ほぼ私個人の造形的な感覚でつけてしまっていたところがあったので、 あらためてルールの優先順位を決めて、そのルールに厳密なものをつくってお見せしました。
そこで違和感のある文字については、本当にこの形や羽根のつき方でいいのかを議論、検証しました。結果、厳密なルールに従うだけではなく、見て読んだ時の印象も重要であるということを改めて確認しました。このプロセスを丁寧に行えたのが、中盤から後半にかけての1つのポイントだったんじゃないかなと思います。
「学び」のプロセスを共有する
ーー今回のプロジェクトを振り返ってみて、どんなプロジェクトだったのか、お聞かせください。
ayumi:
嬉しかったことで言うと、ゆめみさんに納品した直後から、たとえばSlackのスタンプで使われていて、その広がり方の速さとか、使い方の自由さに感銘を受けました。というのも普段、私たちが携わるプロジェクトは、納品してからそれが世に出るまで、長い時間が空くこともあるので。それはそれで感慨深くはあるのですけど、今回のように「納品した!」という気持ちがまだ冷めないうちに、そういう風に一気に使われはじめているのを目の当たりにすると、普段感じたことのない喜びがあります。
あと、フォントのお披露目のサイトで、皆さんがポスターをつくってくれたのも嬉しかったですね。フォントをつくっている時って、 ソフトの画面が白と黒なので。色をついたところっていうのは、制作過程でまったく目にしないので、色がつくだけで新鮮に見えました。
eto:
ゆめみの皆さんは、学びに対するモチベーションが本当に高く、今回のプロジェクトでも、「フォントを設計するプロセスを共有してほしい」という要望がありました。そこで打ち合わせのたびに「こういうセオリーがあります」とか、「こういう順序で設計しています」などをお話しながら進めてきたのですが、私たちも説明をするために、改めてタイプフェイスについて学ぶことができました。必要なものを依頼されてつくっただけではなく、「本当に一緒に学び、進んできた」というような感慨深さがあります。
最後のアウトプットの質だけが重要というプロジェクトもあるんですが、ゆめみさんとのプロジェクトはそうではなかったところが印象に残っています。
ーーそういう意味では、相性も良かったのだとお話を伺ってると感じますね。社名のSTUDYという名前にも、学びに対するそうした思いが込められているのでしょうか。
eto:
私の大学時代の先生が、書き残した本があるんです。その中に、「大学を卒業したら、自分の心の中に小さな大学を立てなさい。そしてその大学がいつまでも潰れないように頑張ってください」という言葉があってですね。ただ、大学となると少し話が大きいなと思ったんで、「学ぶ」ということでSTUDYという社名にしました。
そういう意味でも、ゆめみさんの学ぶ姿勢とは相性がいいというか、いつもいいタイミングでいい質問をしてくれて、それが非常に励みになりました。
ゆめみさんの社内には、デザインがすごく好きな方、特に文字が好きな方が大勢いらっしゃって、だからこそβ版で終わらずに、完成版を出すことができました。これについては本当に感謝しています。長い期間をかけて、段階を追って改善していくというのは、私としては稀なケースでした。納品したらそれで終わりになってしまうことも多いのです。
今回、ここまでフォントのクオリティを高めることができたこと、そしてその過程を通じて、ゆめみさんと共に学び、つくり上げてこれたっていうのが本当に嬉しいし、ありがたいなと思いますね。
後編では、YUMEMI Sansのタイプフェイス開発を手掛けたSTUDYのお二人にお話を伺いました。ひとつのコーポレートフォントが世に送り出されていくまでには、書体のデザインから文字間のバランスにいたるまで、試行錯誤の連続があり、思索と工夫の積み重ねがあります。
こうして生まれたYUMEMI Sansは、ゆめみのメンバーであれば誰もが使用できるようになっています。「ゆめみらしさ」を表現するため、今後もさまざまな場所で使っていくので、見かけたら「ゆめみのフォントだ!」と思っていただけると嬉しいです。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
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ゑ藤隆弘「デザインの研究と実践:ロゴからサイン計画に至るVI構築」